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2014年5月20日

コラム「間のこころ」

 

住まいは”巣”まい

「間のこころ」

『陰翳礼讃』(いんえいらいさん:谷崎潤一郎の随筆)の中に、次のような一説があります。「もし日本座敷をひとつの墨絵に喩えるなら、障子は墨色の最も淡い部分であり、床の間が最も濃い部分である」。

床の間を”日本独特の粋”として高く評価しています。私も、床の間こそ住まいのなかで、最も日本的な情緒を感じさせる空間だと考えます。一幅の掛け軸、香炉、花器、違い棚などが織りなす様式美は日本人ならではのものです。

子どもの頃ですが、谷崎氏がいう墨色の最も濃い空間には何かが潜んでいるように見えてしかたがなかったものです。半間の奥行きはさらに深く思え、近寄ることすらためらわれました。家の中にあった床の間は子ども心に特別な場所でした。

床の間は、もともと位の高い人や高貴な人が座る神聖な場所として位置づけられ、それが上座下座の発想に受け継がれました。また、床の間に向かって左右どちらに座るかにも意味があり、左大臣、右大臣の格付けがありました。

床の間の由来は、大家族の時代に家長が寝る所を床の間といい、大きな空間から仕切られていました。土間でなく藁を敷いていました。そのため殿の間でなく、床の間と書きます。その名残で現代でも床の間の畳は一般の畳と違い、表がざっくりした畳になっています。

日本家屋には空間の上下にも格付けがあります。長押、鴨居の上は神が住む神聖な場所で、神棚が置かれました。人は下に住みます。日本の住まいの空間には「けじめ」があり、日本の文化や伝統と結びついていたのです。

現代の日本の住まいからはこうした「けじめ」がほとんど失われています。上座下座の意識はうすらぎ、2階建て、3階建ての家では神棚の上に平気で人が暮らしています。来客を上座でもてなす作法、父親が上座に座る家も少なくなっています。

こうした家庭で育ち、社会に巣立った子どもたちに「長幼の序」を期待しても無理というものです。上司や教師など目上に対しての言葉遣いや態度にけじめがないのも、当然といえば当然です。床の間は神聖な場所でありながら、神棚とは違い、部屋の低い位置にあります。子どもは神棚には届きませんが、床の間には手が届きます。いたずらをしたければいくらでもできます。神聖な場所と教え、しつけることで、けじめを知っていき、身に付きます。

大人がまずけじめをもってと床の間に接することから始めてください。

(MISAWA・international 株式会社:社長 三澤 千代治)

 

[Weekly HABITA抜粋]

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