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2014年3月24日

コラム「間(ま)・間戸(まど)」

 

住まいは”巣”まい

「間(ま)・間戸(まど)」

元々「間」は、柱の柱のあいだの数を指したり、「居間」「茶の間」「奥の間」等という言葉で分かる様に、空間(部屋)のことを指しました。

日本の建築は、木造の柱と梁に屋根を掛け、板戸で仕切るという考え方。この板戸の間仕切りを間戸(間処)と呼びました。「窓」の語源と言われます。日本では「壁」という概念は、組積造が中心の国の様に強くなく、壁に穴を開ける窓(wind-ow風の眼)という考え方ではなく、間と間を間仕切る、間戸だったわけです。

桃山時代まで贅沢品だった「畳」も、心興町人層による需要により手工業的な規格品が産み出されました。

1690年に来日したオランダ人ケンベルは、「江戸参府旅行日記」で、大阪の町家の畳や戸が1間×半間の同じ大きさで、全ての部屋・建物全体がその寸法を基準にしてつくられていることを特筆しています。

その頃すでに、京間等の内法柱間制の地域では、「畳割り」と共に、建具や欄間等の柱間や天井等が規格化され、町屋をつくるとき、戸や障子を大工に作らせないで既製品を買うほうが、安くて立派に作ることが出来たと言います。

さらに借家では建具付きか、そうでないかで「付貸」か「裸貸」という借家形態もあり、建具等規格化されたものを家財道具として持って行けば、引っ越し先でも使えるほど規格化されていたのです。

壁ではなく間仕切りが規格化されるメリットはそれだけではありません。季節に合わせた間戸に変えることにより、夏に障子や襖を戸に変えて風を通したりも出来ます。また、住まい手が変わり、好きな雰囲気に変えることも、構造体を傷めずに簡単に可能になります。

また、傷んでくれば交換することも出来、畳等も含め、代謝させることが出来るのです。そして、何より外してしまえば隣の間と一体の広い続き間として利用することも出来ます。

(MISAWA・international 株式会社:社長 三澤 千代治)

 

[Weekly HABITA抜粋]

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